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- いの母音が苦手です。
ヘッドボイスでhiA~hiDくらいだったら綺麗に出せていると思っているのですが、ミックスボイスだとかなり裏返りが起きます。
いの母音で強いミックスボイスを出すのは難しいのでしょうか?
できれば解説してほしいです。
レッスンをしていても『ア』や『オ』での練習に慣れてきて、じゃあ『イ』母音に挑戦してみましょうとなった瞬間、これまでできていたことが全くできずに、途端に状態が不安定になる方は多いです。
今回の質問者さんは裏声(ヘッドボイス)であれば綺麗に鳴らせるということですが、多くの方はそもそも裏声で『イ』母音を出すこと自体が難しいという人も沢山いるでしょう。
ではなぜ『イ』母音が難しいのか?最初に回答しておきます。
- 『イ』母音で高い声が難しい原因は『イ』の周波数特性が高音域を鳴らすのに向いてないから
上記の通りなのですが、これだけ読んでもよくわからないという人がほとんどでしょう。
ということで今回はその原因の解説と高音域でも『イ』母音を鳴らせるように/鳴らしやすくなる練習方法も解説します。
母音はフォルマントの違いによって決まる
フォルマントというのは声道と呼ばれる声が共鳴するスペース(咽頭腔/口腔/鼻腔など)によって生まれた特定の周波数帯域が強くなった所です。
フォルマントは低い方から順に第一フォルマント(F1)、第二フォルマント(F2)、第三・・・(F3)と呼ばれます。
第0フォルマント/F0は=基本周波数です、つまりどの母音を発声しようがC4の高さで発声したらF0は262Hzです。
このフォルマントによる周波数帯域の強調は舌や口などの調音器官の位置や形状によって変化します。
フォルマントを作るパーツ
- F1は主に舌の高さと関係している
- 舌が低い位置にあるとF1は(口腔を広く使うとF1は高くなる)
- F2は主に舌の前後位置と関係している
- 舌が前に位置するとF2は高くなる(口腔を狭く使うとF2は高くなる)
フォルマントと調音器官は上記のような関係性があります。
そして母音は主にF1とF2によって決定づけられます。
舌の位置や口の開き方をおおげさに発音すると母音が明確に判別できるのも上記のように舌や口のような調音器官がそれぞれに変化し、F1とF2で違う周波数帯域が強まった結果、声として発せられた母音も違うように聞こえるというとです。
- フォルマントは調音器官によって変化する周波数帯域の強調
- 母音はフォルマント(主にF1とF2)によって決まる
では次に今回のテーマである『イ』母音はどういうフォルマントの特性なのか、なぜ難しいのかということを解説していきます。
参照 共鳴と母音のフォルマント
『イ』母音のフォルマント特性
実際に『イ』と発音してみるとわかりますが『イ』母音は口はほぼ開けずに、舌がほぼ上顎や前歯の裏に付くくらい前に位置します。
つまり前述のフォルマントと調音器官の関係に照らし合わせてみると、舌が高い&前方に位置している(口腔内は非常に狭い)ということで、F1は低くF2は非常に高いという周波数特徴を持っています。
『イ』以外の母音のフォルマントは?
では比較対象として『ア』母音はどうでしょうか?
『ア』と発音してみると、口は開かれ、舌は下の歯の裏辺りに位置していると思います。つまり『ア』母音はF1もF2もバランスよくどちらも強いという特徴を持っています。
- 『イ』母音はF1が低く、F2が非常に強い
- 『ア』母音はF1もF2もどちらも強い
『イ』母音はなぜ高音域で発声するのが難しいか?
高音域を発声するということは声の基本周波数(F0)を高くするということです。
『イ』母音はF1を低くしておかないと『イ』と聞こえる音になりません。
しかしF1と最も近い基本周波数であるF0を高くするということとが相反する状態になってしまいます。
どうにかしてF1を高くしようとする
これを何とかしようとして、ここで解説しているフォルマントのことなんて全く知らないけど、無意識のうちに発音に関わる口や舌は使わず(なんとかイの状態を保とうとしつつ)足りないF1をなんとか高くしようとします。
- 喉頭の位置を上げて咽頭腔を狭める
- 声道全体を狭窄して共鳴腔を狭める
上記のような方法でF1を高くしようとすることで、いわゆる喉が締まったような状態になってしまい発声が難しくなります。
基本周波数であるF0は高くする、でもそこに近いF1は低いまま保っておかなければいけない・・・この相反する状態が高音域で『イ』母音を『イ』と発声し形成することが難しい原因です。
他にもこのフォルマントに倍音の問題も関わってきたりします。
倍音とフォルマントが重なる部分がないため、高音域で共鳴させにくくなり力強い声にするのが難しくなるといった理由もあるのですが、詳しく解説すると煩雑になるためここでは省略します。
- 声を高くする=基本周波数(F0)を高くする
- 『イ』母音の低いF1と高いF0が相反する状態になる
- 共鳴の効率が低下し高音域を明瞭に『イ』と発声するのは難しい
まずは『イ』母音で楽にだせる高音域を練習する
ここから『イ』母音を高音域でも出せるようになるための練習を解説していきます。
ただいきなり質問者さんの質問である「ヘッドボイス(おそらく軽い・弱い裏声の音色)では出せるけどミックスボイス(地声的な音色を混ぜた高音発声)だと裏返る」ということを改善するための練習方法法を解説すると、そもそも普通の裏声でも『イ』を高音域で鳴らせないという人が置いてけぼりになるので、まずは軽い音色の裏声で『イ』母音を出せるようになる練習から解説します。
『イ』母音がF1が低くF2がすごく高い、そして基本周波数が高くなる高音域はF1の低さを維持しにくいので難しいということはここまで読んでご理解いただけたと思います。
『イ』母音をそのまま明確な『イ』と聞こえるような状態では高音域を発声するのが難しいということなので、これを解決するには『イ』母音を変形させる必要があります。
この問題を簡単にするには、単純に元と全く逆の要素を足してやればいいです。
- 低いF1を高くする
- 口を開く/顎を落として舌の位置を下げる
- 高いF2を低くする
- 喉頭を下げ咽頭腔を広げることで舌を後ろ側に位置させやすくする
じゃあこの状態で『イ』を発音してみましょう。
顎を落とし喉頭を下げて発音する
最初の発声は『イ』をなるべく『イ』のまま発音した発声です、後半の2回が顎を落とし喉頭を下げた『イ』です。
こうやって聞くと全然違いますね。
『イ』母音で高音域をなるべく効率的に鳴らそうとしたら、後半のような『イ』に母音を変形させるのが効果的だということになります。これくらい母音を変えてもいいとなると意外と高音域でも問題なくだせる人がほとんどだと思います。
というかこの『イ』であれば逆に高音域が発声しやすいと感じる人もいるかもしれません。その感覚は音響的には正解です。
低いF1を工夫してやれば『イ』は非常に高いF2を持つこともあり高音域を鳴らしやすい母音になります。
『イ』母音が苦手な人はまずこれくらい高音向きな発音に変えて発声練習してみましょう。そこから徐々に「これくらいならイに聞こえるかな?」というちょうどいい調整を探ってみてください。
- 顎を落とし(口を開けて)喉頭の位置も下げて『イ』を言ってみる
- 上記の状態でできた『イ』が高音域を楽に発声できる『イ』母音
- F1を補完した『イ』母音は高音域を発声しやすい母音
では高音域でもなるべく母音を変形させず、つまり『イ』という明瞭な発音のまま高音域を発声するにはどうしたらいいのか?ということを解説していきます。
『イ』母音で強いミックスボイスをだせるようになる方法
ここまででさんざん解説したように『イ』は『イ』のまま高音域を発声するのが難しい母音です。なのでこれを実現しようとするには音響生理的に非常に非効率的かつ若干無理やりな方法しかありません。
なのでやはり方法としては前述の楽に『イ』母音を発声するときと同じように母音を変形させる必要があります。
ただ明らかに低音域の『イ』母音と違う調節をしてしまうと、フォルマントや倍音の関係からも強い音色にはなりません。なので『イ』に近いけどフォルマント的に安定している『エ』母音に少しだけ寄せましょう。
『イ』母音で強いミックスボイス?の参考音源
パターン1
パターン2
頑張って発声してみましたがこんな感じでめちゃくちゃ難しい&厳しいです・・・
パターン1は『イ』をなるべくそのまま維持して発声しようとした音源で、パターン2は高くなるにしたがって『エ』を意識して発声した音源です。
でも実際にはパターン1も最後のD5は『イ』を維持できずに『エ』っぽくなってますね・・・( ;◉◞౪◟◉)>テヘヘ
『イ』母音で高音域を発声するのに慣れてない方が上記の参考音源のような声を真似しようとすると無茶苦茶な発声になると思いますので、あくまで参考程度に聞いて下さい。
このなるべく強く『イ』母音を高音域で鳴らすパターンも練習方法は軽い音色で出す時と同じで、自分の発声が崩れない範囲で『イ』と『エ』で調整しつつ発声練習してみましょう。
ただこの出し方は、喉の使い方的には結構ドラスティックなのであくまで発声が崩れないように、質問者さんが書かれているとうなひっくり返りはもちろん、狙った音高よりも高くなる/低くなるというのもNGです。
上記のようなことが起こるということは、まだ『イ』母音に高音向きのサポートが必要だということになります。
まとめ:母音の調整はボイストレーニングの重要な要素
- 母音はフォルマント(主にF1とF2)によって特徴づけられる
- 『イ』母音は基本周波数が高くなるとフォルマントを維持するのが難しくなる
- 高音域で『イ』母音を上手く発声するには母音を変形させる
かなり詳しく解説したのですが、実際はここに書いてない、というか書くと長くなりすぎるからあえて省略していることがかなりあります。
この記事だけを読んで「この部分はどういうことだ?」と疑問が生まれても不思議ではないので、もっと詳しく知りたい方は書籍や論文などを調べてみてください。
レッスンでも聞かれて知っていることに関してはお答えするので、どうしても聞きたいことがあるという方はぜひ体験レッスンにお越しください♪